他人にどう思われているのか怖いとか、嫌われたんじゃないかって考えてしまうその感性に対して気にし過ぎ、周りは自分が思ってるほどあなたの事気にしてないし見てもないよってよく言われるけど、実際問題そうでもないんよねって思う話です。
周りが気になる時って負の対応を受けた時
自分がストレスなく、何の不信感も抱かず楽しく接することができた相手に対して別に深く考えない。
それがふとした相手の言動や表情や、自分が相手に向けた発言が気になって夜中にリフレインして相手が自分の事をどう感じたんだろうとか、嫌われたかな、嫌な奴って思ってないかなって考える。
私の場合だけど、好かれてない、よく思われてないとなんとなくでも不信に感じるきっかけがない限り「相手が自分を嫌っているかも」とか「自分の事どう思われてるのか怖い」なんて感情にならないです。
大体が負の対応を受けたり自分が相手に対して何か失礼なことをしてしまったのではと感じることがあったときに思い悩んでしまう。
こういう話をすると考えすぎとか気にしすぎって常套句のように言われるけど人って繊細だしちょっとしたことや、自分ではどうにもできないことで他人から嫌われたり距離を置かれることがあるので気にし過ぎではあるけどその気にしているポイントは外れてはいないなと思うのです。
自分が嫌われてる、苦手だと思われているように感じる行動を受けた
良く受けるジムのレッスンのインストラクターの先生がいるのですが、今までレッスン後は先生も汗を流す程度でお風呂に入っていたのですが、私がレッスンを受けてしばらくし始めてから私を避けるようになり、お風呂にも入りに来なくなりました。
たまたまタイミングかなとも感じたのですが、洗面所で私が髪の毛を乾かしている時も他のスぺ―スは私以外誰も使っておらず空いていたのですが、先生が風呂場から出てきたのが分かったのですが全然来ないなぁとなんとなく頭の隅で思っていて、立ち上がったら普段先生は一切見ないであろうジム会員向けのスケジュール表を眺めていて私が洗面所を後にしたと同時に入れ違いになるように入っていった。
これでお風呂の件と2つ目だと思い、私はこのインストラクターの方になぜか避けられてるんだなと感じました。
他人にこの話をすると、まぁ誰とも話したくないときもあったのであなただからじゃないじゃないとか、たまたまタイミングが入れ違いだったのでは?と言われます。そう思いたいけど自分が感じるものってやっぱり敏感にキャッチしようとしているので、私的にはそのインストラクターの人に避けられているんだと結論付けてます。
どう思われてるんだろう怖い、からやっぱりなんか嫌われてるのかショックという悲しい状況になってしまいました。
第三者に相談しても結局は気にし過ぎとしか言えないだけ
周りにいくらかみ砕いて説明しても10人中9人くらいは気にし過ぎと励ましの意味も込めて唱えてくれるけど、逆に言うと真剣に話を向き合ってくれてないようにも感じる。
でもこういう相談をして「そんなにタイミングをすり合わせたように避けてきてるってことは嫌われてるかもね」なんて第三者から面と向かって言われてもさらに傷つくだけなので、言われたくないのも事実です。
すごくわがままな感情ですが、人にどう思わてるのか=この人に嫌われてるよねという確認を第三者に促すって第三者目線からしても難しい回答を求められているので無難に「考えすぎ・気にしすぎ」というしかないのでしょう。
自分が感じた他人から自分への負のベクトルはあながち気にしすぎでもない
相手にどう思われてるのか、嫌われてないかなと感じる時って理由があると思うんです。
自分が相手にどう思われてるのか理由もなくなんとなく怖いっていうのは自意識過剰ではあるけど、なんか腑に落ちないことがあったり、避けられてると感じたり自分でおかしいなって思うことがあるのであればあながち気にしすぎでもない。相手からよく思われてないっていうのが当たっている場合があるという話です。
それを第三者に相談しても「そうだね、それはあなた嫌われてるね」なんて言える人って滅多にいないです。なので無難に気にしすぎだよと気遣った言葉しか掛けられないので、結局は自分がどう感じるかで決めるべきなのではという話です。
